このページを印刷する

寺宝・文化財[重要文化財編]

鎌倉時代に作られた仏像が数々あり、十大弟子(じゅうだいで し)像や六観音像、銅造釈迦誕生仏、千手観音(せんじゅかんのん)像、胎内(たいない)納入経巻(のうにゅうきょうかん)、鼉太鼓(だたいこ)縁一対など重要文化財に指定された実物が境内の霊宝殿で常時展示されています。 大報恩寺(千本釈迦堂)

鎌倉時代初期から平安時代に作られた仏像が数々あり、十大弟子(じゅうだいで し)像や六観音像、銅造釈迦誕生仏、千手観音(せんじゅかんのん)像、胎内(たいない)納入経巻(のうにゅうきょうかん)、鼉太鼓(だたいこ)縁一対など重要文化財に指定された実物が境内の霊宝殿で常時展示されています。

本堂堂内(国宝)

本尊釈迦如来像(秘仏)

堂内は、内陣と礼堂(外陣)に大きくわかれ、礼堂では虹梁をもちいて、梁行二間の大きな空間を作りだしています。礼堂は、正面側の一間を垂木を見せる化粧屋根裏、後方一間を組入天井とし、内陣との境を吹寄菱欄間、格子戸で仕切っています。
内陣は中央にひときわ太い四天柱を立て、その周囲に梁行一間の庇をまわした一間四面の求心的な構成をとっています。内陣中央の四天柱には極彩色で四天王像が描かれ、折上小組格天井を張り、須弥壇・仏後壁を設けています。礼堂・脇陣・後戸からなる典型的な中世の仏堂の空間構成をとっていますが、その中心に内陣として一間四面の求心堂を置く特徴的な作りになっています。

十代弟子像(重要文化財)

十代弟子像

釈迦の弟子から選ばれた10 人の老若の僧が十大弟子と呼ばれ、彫刻や絵画に多く表されています。大報恩寺の彫像「十大弟子」は本尊のお釈迦様に侍り立つために彫られたもので、高さ90cm~100cmのそれぞれの像は十体ともほぼ完全な状態で保管されています。
後世に名を残す名匠快慶(かいけい)とその弟子 行快(ぎょうかい)の銘が一部の像に記されており、また、台座に「正三位行兵部卿 藤原朝臣忠行」の刻書が残され、藤原忠行が正三位兵部の期間中である建保四年(1216)12月から承久元年(1219)8月の間に制作されたものとみられています。

六観音像(重要文化財)

六観音像

木造 素地
像高:聖観音…177.9cm
千手観音…180.0cm
馬頭観音…173.3cm
十一面観音…180.6cm
准胝観音…175.7cm
如意輪観音…96.1cm
年代:鎌倉時代
(貞応3年・1224)
作者:定慶

六観音とは、真言宗では聖(しょう)・千手(せんじゅ)・馬頭(ばとう)・十一面(じゅういちめん)・准胝(じゅんでい)・如意輪(にょいりん)の観音を言います。等身大の六観音像が揃って残っているのは、極めて稀有な例です。
それぞれ、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六道を救う観音とされ、大報恩寺の六観音像は彫刻の刀法が心憎いまでに冴え、衣のひだにも複雑な変化をみることができます。
近年、准胝観音像から発見された墨書銘によると、貞応3年(1224)に定慶のつくったことが判明しており、さらに六観音像の胎内に納められていた経巻が八巻も発見されましたが、経巻の記述では藤原以久の娘が願主となって造像したことがわかっています。

銅造釈迦誕生仏|千手観音像(重要文化財)

銅造釈迦誕生仏

銅造釈迦誕生仏

灌仏会(かんぶつえ)お釈迦様の誕生を祝う花まつりの本尊。銅造、荷葉座の上に立つ半裸の童形像で、右手で天上、左手で地を指している誕生釈迦仏です。高さは53cm、誕生仏としては比較的大きく、しかも端正な顔立ちや渦巻いた頭髪、肉づき、また衣丈の自由な写実は鎌倉期の特色をよくあらわしています。

  • 銅造 鍛金
  • 像高:53.3cm
  • 年代:鎌倉時代初期

千手観音像

千手観音像

千手観音像は、大報恩寺の創建より古い時代の仏像ですが、伝来は解っていません。岩座の上に立つ像は、彩色が剥がれていて、千手の中には過去に補修された痕跡も見られます。穏やかな面持ちと形式的に整えられた衣文の飜波(ほんなみ)は、藤原前期彫刻の特徴を表しています。

  • 木造(一本作り)彩色
  • 像高:176.2cm
  • 年代:平安時代

胎内納入経巻(重要文化財)

胎内納入経巻

数点の仏像の中に納入されていた経巻もそれぞれ重要文化財で、十大弟子立像と六観音像から発見されています。六観音像の経巻には、貞応三年(1224)に藤原以久の女等を願主として作られた事が記されていたほか、阿難尊者像の胎内文書には建保6、7年(1218、1219)の銘があります。こうした貴重な歴史の記録が仏像の内部に残されている事にも悠久の時の流れを深く感じる事ができます。

鼉太鼓縁一対(二基)(重要文化財)

鼉太鼓縁一対(二基)

鼉太鼓の縁を装飾するもので、龍と鳳凰が大きく描かれており昭和54 年に修理が施され、美しさを取り戻しています。木製で布が貼ってあり。太陽や月、炎、宝珠の部分は漆塗され、大阪の経王堂から伝来したものとされ、応永八年(1401)作という創建期のものです。

傅大士および二童子像(重要文化財)

傅大士および二童子像

傅大士(ふたいし)の傅翕(ふきゅう)を中央に、左童子の普建(ふけん)、右童子の普成(ふじょう)を従えた三体の像です。
木造で彩色が施され、高さはいずれも70cm ほどで、二つの童子の像内、および頭部の墨書から室町時代の応永二十五年(1418)、仏師院隆(いんりゅう)の作であることが確認されています。

寺宝・文化財[国宝編]はこちら